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「暦と時計」

6時に目覚まし時計で起きてまなく、介護士さんがお薬をもってきてくれた。骨粗鬆症の薬で月の初めに飲むことになっている。月が替わったことに気が付く。壁にかけているカレンダーを見ると、まだ3月だ。1枚めくって4月にすると、「暦と時計」というタイトルの、金子みすゞの詩がのっていた。      暦があるから      暦を忘れて      暦をながめちゃ、      4月だというよ。      暦がなくても      暦を知ってて      りこうな花は      4月にさくよ。      時計があるから      時間を忘れて      時計をながめちゃ、      4時だというよ。      時計はなくても      時間を知ってて      りこうな鶏 (とり) は      4時には啼 (な) くよ。

「ぼく」と「おなら」――まど・みちおさんの詩

まど・みちおさんの詩集『いわずに おれない』を読んでいる。心に残ったものを、二つ引用する。    ぼくが ここに ぼくが ここに いるとき ほかの どんなものも ぼくに かさなって ここに いることは できない もしも ゾウが ここに いるならば そのゾウだけ マメが いるならば その一つぶの マメだけ しか ここに いることは できない ああ このちきゅうの うえでは こんなに だいじに まもられているのだ どんなものが どんなところに いるときにも その「いること」こそが なににも まして すばらしいこと として            おならは えらい       おならは えらい                でてきた とき     きちんと     あいさつ する    こんにちは でもあり    さようなら でもある    あいさつを…    せかいじゅうの    どこの だれにでも    わかる ことばで…    えらい    まったく えらい      

リサイクルする思い出

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  2,3か月前のことになる。掲示板に「10時から11時のあいだにコロナの予防接種があります。談話室にお集まりください」という掲示が出た。10時に談話室に行くと、すでにちらほら人が集まっていた。 少しずつ人数が増えてきて、10時半頃には部屋はいっぱいになる。でも接種をする医師たちは現れない。私は10時から接種が始まるとばかり思っていたから、次第にイライラし始める。11時近くなり、私のイライラは沸点に達する。 私たちを見守るためだろう、介護士さんが一人ずっと同室にいてくれた。その時彼女がオカリナを取り出して、「頭を雲の上に出し」という童謡を吹き始めた。私たちを元気づけようとしてだろう。あまり上手でもなかったが、彼女の思いやりに心が和んだ。11時をすぎる頃になって、ワクチン接種のための医師と看護師たちがやってきた。 あの時のことが、ふと心をよぎることがある。こころにポッと灯が付くような感じがする。

思い出のリサイクル

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  小川洋子さんのエッセイ集『カラーひよことコーヒー豆』を読んだ。著者が効率よくリサイクルする才能として自慢できるのは、ささいな思い出を大事にし、何度でもよみがえらせて、その度に感動を新たにすることができる、と書いておられる。例えば、として、こんな出来事を記されていた。  ――お味噌汁に入れるお豆腐を掌の上で切っている時、必ず思い出す風景がある。息子がまだ言葉を覚えて間がなかった頃、私が同じようにそうやってお豆腐を切っているのを見つけた彼は、不意に叫び声を上げた。  「ママ―、おててが切れちゃうよ」  そう言って、私の足に抱きつき、涙をポロポロ流したのである。  西日の当たる台所で、お味噌汁の湯気が立ち込める中、冷たいお豆腐を掌に載せていると、息子の声がよみがえってくる。ママー、おててが切れちゃうよ。その言葉が心のなかに響き渡る。自分には心の底から純粋に泣いてくれる人がいる。そんな思いに浸って、幸せをかみ締める。泣いてくれた本人はすっかり大人になり、そんなことなど少しも覚えていないのだけれど。―― 想い出の箱が頭の中にあるのなら、思い出して嬉しくなるようなものを入れていこう。

春が来た

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きのう散歩の帰り道で、スミレが舗装路の割れ目から芽を出しているのを見つけた。健気な姿に惹かれて、携帯で写真を撮った。 夜になって、「なんでも鑑定団」という番組を見ていたら、芭蕉の手紙をもっている人が登場した。手紙が本物かどうか鑑定の前に、芭蕉の紹介があった。いくつか芭蕉の句が紹介されていた。    山路来て なにやらゆかし すみれ草 この句もその中の一つだった。で、真似をして、私も句を作った。    散歩道 舗装路さいて すみれ草 コンクリ舗装のすき間から咲き出ているスミレに、元気づけられた。

ふるさとの画家

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  諏訪湖畔にある原田泰治美術館に行ったという知人に見せてもらった本から、この画家を知った。『泰治が歩く』という本は、彼のお父さんの手記の形式になっている。 泰治は武雄の次男として1940年に生まれる。幼いころ小児まひから右足が不自由になる。1941年には太平洋戦争が始まっている。家族の食べるものにも苦労をする貧しいお父さん。でも愛情いっぱいの家族。そのやり取りの中でも、私の心に残る場面がある。 お父さんは水田を作るため、水を求めて山肌を掘り始める。泰治はお父さんのそばで、お父さんに作ってもらっていた木琴をひいて、歌を歌う。トンネルのなかで響くその歌声は、「心の芯の奥まで浸みわた」ったと、お父さんが書いている。 さし絵で見るばかりだけれど、泰治の描く絵は何か温かい郷愁を感じさせる。

メガネがない

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朝食のとき、テーブルの目の前に座っている97歳のシスターが、「昨日からメガネが見つからない」という。耳がとても遠いけれど、認知症はない。「お祈りした?」とたずねた。私はモノをなくすとコルベ神父に祈って頼むと、必ず見つかるからだ。  「誰に?」とたずねるので、コルベといっても「なぜ?」とややっこしくなるから、「聖マグダレナ・ソフィアとか」と返事した。聖心会の創立者だから、聖心会のシスターを助けてくださるだろうと思ったので。シスターは食卓の前で、手を合わせていた。 朝食後、新聞が置いてある部屋に行った。そのシスターはすでにその部屋にいて、新聞を読んでいた。いつものメガネではなく、ツルがひん曲がっているのをかけている。シスターはいつもの席に座っている。私は一つ席を空け、その横に座った。 ふと見ると、その空席の上にメガネがある。クッションの色が濃くて、メガネが見えにくくなっている。たぶん、きのう、眼鏡をはずして椅子の上に置き、そのまま席を立ったのだろう。 「ここにあるよ」と、二人で大喜びした。

画家の目

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よく見るテレビ番組に「なんでも鑑定団」がある。絵画や陶器、ときにはバイクなどの鑑定を希望する人がその品物をもって登場し、専門家が鑑定をする。品物が本物だったり偽物だったり、予想・希望価格が当たっていたり、外れていたりで、楽しませてくれる。 先日の番組では、高島野十郎の絵をもってきた人がいた。番組では、まず作者の紹介をする。 ―――花一つを、砂一粒を    人間と同物に見る事          神 と見る事――― これが野十郎の心情であったと紹介されていた。 花一つ、砂一粒、人間を神と見る、というのは、信仰者の目である。万物は神によって造られ、その寫し姿である。私は信仰者だけれど、「目があっても見えず、耳があっても聞こえず」の種類で、そのような見方がいつもできているわけではない。画家の目は真髄をとらえている。 野十郎を象徴するモチーフは蝋燭だそうである。蝋燭の絵はすべて同じサイズで描かれている(22.7cm x 15.8cm )。 現在56点の存在が知られているとか。画寸以外はそれぞれが異なり、いずれも個人蔵。野十郎が大切な人へ感謝の気持を込めて一枚一枚手渡したらしい。 番組に出された作品は贋作で、鑑定額は¥5.000 だった。

思い違い

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食後のデザートにときどき小さなどら焼きが出てくる。直径5センチくらい。関西ではどら焼きのことをミカサ(まんじゅう)と呼ぶ。どら焼きの名は私にはドラ猫を連想させる。ミカサなら形も三笠山に似ているし、品もよい名前だ。 ずっとそんな風に思っていたが、ドラ焼のどらは銅鑼に由来するらしいことに最近になって気が付いた。銅鑼を二つ合わせた形なのだろう。どら焼きさま、失礼しました、だ。 私の属している修道院は、全体が介護施設になっている。食事はエブリフードという給食サービスに頼っている。

のど自慢の鐘

ときどきのど自慢をテレビで見る。さいきんの歌はほとんど知らないから、歌そのものというより、歌っている人が鐘二つかそれともキンコンカンなのか予想して、当たったり当たらなかったりするのを楽しんでいる。 少し以前になるが、のど自慢の鐘を鳴らす係だった人の話を放映していた。番組企画をする人から、次のように言われたそうである。 ――鐘を鳴らすさい、審査員から告げられる「鐘二つ」「鐘たくさん」という結果をただそのまま鳴らすだけでなく、「残念でしたね」とか「よかったですね」という気持を込めて、鐘を鳴らしてください―― 何かわかるような気がする。気持が込められた鐘の音は、ただ器械的に鳴らす音とは違うだろう。人間にしかできない、AI がとって代わることができない心の部分があるに違いない。

信仰心の種

「お腹の大きい静江さんが仏壇を二階へかつぎ上げた」祖母が何度もくり返した言葉だ。 阪神地方で洪水があった。私の家も床上浸水となった。私の母静江は当時20歳くらい。父は出勤していて、留守。そのなかで妊娠していた母が、仏壇を二階までかついであがったらしい。母が弟を妊娠していたのだから、私は2歳だっただろう。私はその状景を見ていないし、覚えてもいない。 「お腹の大きい静江さんが仏壇を‥‥」祖母が何度も言っていた言葉を思い出す。カトリックの洗礼を受けたのは、ずっと後のことになる。それ以前に、祖母から、母の行動から、私は見えない世界の大切さを心に刻まれたのではないかと思う。

豆知識

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「冷たい」は「爪痛し」が語源だという説がある。ここのところ寒さが厳しい。散歩に出て手袋をしないでいると、たしかに指先が痛くなる。 ジャガイモは、ジャカルタから来たことからの名だそうだ。馬鈴薯は、一説に、駅馬の鈴のように実がなることからとか。 以上、新聞記事で知って、なるほどと思った。