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言えなかったことば

「英語が話せないんです」情けなくて…という感じで若い人が言った。その場にいた私と同年配の人が「英文科卒なのに?」と言った。 すでに惨めな思いを話している人に対して、ひどいことを言うと思った。でも、どう言えばいいのか、言葉ば見つからない。黙ってその場にいた私は、その言葉に賛成していたことになる。 そろそろ卒寿を迎える私たちが学生のころ、聖心大の一年次生は、8時から10時まで10分の休み時間をはさんで英語授業だった。一学年110人くらいの時代で、能力別に10クラス位に分かれていた。10人そこそこのグループで英語国人のシスターに教わった。当時、土曜日にも授業があったと思う。語学学校のようなもので、うまくならなければおかしい環境だった。さいきんの状況とは、全く違う。 それに英語が話せるからって、別に上等な人間であるわけでもなし。私のなかでいろいろな思いが重なり、言葉にできなかった。 今になって、そのまま「なんてことを言うの」と言えばよかったと思う。自分にダメ出しをしたくはないけれど、やっぱり後悔する。

戦争トラウマ

戦後80年になって、近頃の新聞で戦争トラウマについての記事をたびたび見受ける。そのたび、私が娘時代に通っていたカトリック教会の司祭を思い出す。主任神父はアメリカ人で、その人は助任だった。戦時中、一兵卒として従軍したが、戦後、司祭職に戻られたと聞いていた。夜中になると大声で叫ぶといううわさがあった。 あるときからこの方の姿が見られなくなった。司祭をやめられたとのことであった。辛くて苦しい記憶を抱えておられたのであろう。 名もない多くの人にも、戦争の残酷な爪あとは残っているのだろう。知る人もなく。

ミソサザイ!?

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私の部屋は3階にあり、中庭に面している。木々がうっそうと茂って、部屋の窓の前まで伸びている。朝6時半ころ、部屋で窓に向かって祈っていると、この木に小鳥たちがやって来るのが目に入る。まっ黄色だったり濃いブルーだったり、見たこともないような鳥たちのことがある。東京生まれ・東京育ちのシスターに尋ねると、近くにある目黒自然教育園にいる小鳥ではないかという。 2・3日前に来た鳥は、スズメより小さかった。しゅんかん、「ミソサザイ」と思った。自信はないけれど、80% そうだと思う。次の日も来た。チョコチョコと姿を見せたが、すぐに見えなくなった。 自然が少ないと思っていた東京で、こんな小鳥たちに出会えるのは嬉しい。それにしては、このごろスズメをあまり見かけない。