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漢字なるほど

修道院の本棚には昔からの本がある。星野富弘さんの詩画集を見つけ、拾い読みした。子どものころ通っていた小学校の名前が「杲(ヒノデ)小学校」と言ったそうである。「周囲を千メートルの山に囲まれた小学校の日の出は、字のように木の上に昇る。」と書かれている。今は過疎化で、ヒノデ小学校も統廃合され、名前も消えただろう。星野さんは、「杲」に続けて、木の間を通って日が昇るのが「東」、と書いておられる。 「杲」を漢字ナビで調べると、音読みでは「コウ」「ゴウ」、訓読みでは「 あき(らか)」「たか(い)」となっている。ヒノデの読み方はない。 漢字の成り立ちに興味がわいてきた。漢字の字源を追及された白川静さんの本を読んでみたくなった。

納骨と小さな会

6月7日(日)に納骨が聖心会裾野修道院敷地にある墓地で行われた。今回は6人のシスターの納骨だった。これまでは秋に行われていた。それも例年は2、3人だった。今年は8ヵ月のあいだに6人である。聖心会の日本人会員数は130人ほどだったけれど、現在70人を切っている。新聞に「多死社会」などという言葉が出てくる。「高齢社会」の次に来るのは当然「多死社会」だろう。日本社会現状の一端である。半世紀ほど以前は、聖心会は世界で6千人の会員に成長したが、現在、1,700人くらいになっている。 1800年にマグダレナ・ソフィア・バラは4,5人の志を同じくする人たちと聖心会を立上げ、 ”our little society" (この小さな会)という言葉を使っていた。文字通りの小さい集まりであった。現状は最初のころの形になっている。 大人数か少人数かを別にして、高齢者の私たちが今もできることがある。祈ることができる。なにかのお役に立っているかどうかわからないけれど、それは神さまにおまかせして、できることをしていきたい。

tabernacle

5月25日は聖心会の創立者聖マグダレナ・ソフィア・バラの祝日だった。夕方のミサに来てくださったトーマス神父は、聖堂に入ってくるなり「長年tabernacle である皆さんとご一緒にミサを捧げられて、嬉しく思います」とおっしゃった。 「?」と思ったが、説明もなく、ミサは続いた。説教のときになって、神父の話をかいつまむと、次のようだった。 ――「子どもたちがマザー・バラのお話を聞きに集まった」というエピソードを聞きましたが、どんな方だったのだろうと想像しました。マザー・バラがどのように子どもたちを見ていらっしゃったのだろうかと。どの子どもの中にも神さまが宿ると思っていらっしゃったでしょう。その温かいまなざしが、フランス革命後のすさんだフランス社会にぬくもりを伝えただろうと思います―― マザー・バラ像の新しいとらえ方を教わった。と同時に、神父がミサの前に tabernacle という語を使われた意味も分かった。マザー・バラに集まった子どもたちばかりでなく、私たちもtabernacle であるとおっしゃりたかったのだろう。tabernacle は、カトリック教会では日本語で「聖櫃」という。聖別されたご聖体を入れて、聖堂内で保存する。聖堂内の聖櫃だけではなく、私たち一人ひとりが神の住まいであると。