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自分を愛するように‥‥

「自分を愛するように、人を愛しなさい」という聖書の言葉がある。自分を愛しているかしら?このごろ疑問になっている。 ふりかえると、自己チューであるのは確かだ。甘いもの類がお皿にのっていて、人目がなければ、一番おいしそうで一番大きなものを選ぶ。自分が好きかと問われれば、「はい」とは言えない。せっかちで、気が短い。人格者でない、そんな自分が嫌いだ。 神さまは、どうだろう。イエスは「罪びとを招くために私は来た」と言われる。「人格者になれば愛してあげよう」ではない。こんな私をありのままに愛してくださる。それは私の信仰だ。イエスが望まれるのは、私がイエスにならって、ありのままの自分を愛することだろう。そうすれば、人をありのままに愛することもできるようになるのだろう。 「自分を愛すること」。新しい年に向かって、努力しよう。

クリスマスの祈り

天気予報では今日の最高温度は12度とか。暦によれば、今日は冬至。寒い日が続いているけれど、この日を境に日照時間が長くなると考えると、少しうれしくなる。 12月25日にクリスマスを祝うけれど、聖書のどこにもイエスがこの日に生まれたとは書いてない。民間宗教で祝われていた冬至祭が、4世紀半ばごろにキリスト教化されたらしい。光が、ぬくもりが広がり始めることを表象するからだろう。 イスラエル語で「こんにちは(=平和)」は、シャロームである。イエスが弟子たちと交わしたのも「シャローム」ではなかったか。 日本でも防衛費が膨らみ、武器を製造し、輸出し、アメリカから購入もしている。軍需産業が栄え始め、戦争前の気配がただよう。 どうか日本が戦争に巻き込まれませんように。世界に平和が来ますように。

八日間の黙想会に参加

12月2日夕から11日朝にかけて黙想会に参加した。指導してくださったのはイエズス会士の塩谷神父様だった。81歳の方で、参加した10名もほぼ全員80歳以上だった。 一日の スケジュールは、  9時半 講話(40分位)  10分後 聖体礼拝(30分間)  5時  ミサ という簡単なものだった。午後、希望者には面接時間があった。 黙想が終わってみると、神さまと向き合わせていただいた、という感じがする。これまでの私の祈り方は、たとえば「なんだか身近に感じられません。私の祈り方がおかしいのでしょうけれど‥‥」とか、ぐちゃぐちゃとしりすぼみになる。そうではなくて、「あなたを身近に感じさせてください」と、まっすぐに言えばいいのだと気づかされた。たぶん、これは塩谷神父の姿勢から学んだのだろう。言葉でそのようなことはおっしゃらなかった。 八日間が終わってみると、ヘトヘトになっていた。座っているだけなのに‥‥。来年はこの体力はないかもと思う。でも、一つのいい区切りをいただいた。