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5月, 2023の投稿を表示しています

幼い頃の思い出

介護施設の住人である私たちは、想い出をいっぱいもっている。4,5人ずつで座っている食卓の会話は、しばしば子どものころの話になる。 先日は、物売りの呼び声が話題になった。 「お豆腐屋さんや納豆売りが来たわね」 「そうそう、納豆売りは『ナットナット――、ナット―』とか言って」 「お豆腐売りは『トーフィ――』ってね」 これは関東育ちの人たちの会話である。京都では納豆売りは来なかった。納豆を食べる人が少なかったからだろう。豆腐売りは来たけれど、「プー」という小さなラッパのようなものを鳴らしながら来た。門柱の上に代金を入れたお鍋を乗せておくと、そこにお豆腐を入れてくれた。それにしても『トーフィ――』はないだろうと思ったが、黙って聞いていた。 こちらの施設の集会室には、寄贈されたり、いなくなった人が置いて行ったりした本が、どっさり本棚に並んでいる。もちろん、購入したものもあるだろう。美術全集や辞典・事典などのほかに、サザエさん全集もある。このあいだサザエさんの一冊を貸し出して読んでいたら、お豆腐屋さんのエピソードがあった。お豆腐屋さんが「とうふーい」と叫んでいる。 つい今しがた自分が言ったことを忘れても、幼い頃の思い出は鮮明に残っている。

心のぬくもり

「裾野、ミスする?」 エレベーターに乗り合わせたシスターにたずねられた。たずねたシスターは90歳過ぎ、歩行器を使って歩いている方である。 「うん」と返事した(「はい」とでもいうべきだったかな、とあとから思い返す)。 「私もミスするよ」とそのシスターは言った。ぬくもりが伝わってきた。 ふだん、口数の少ない人である。その方が裾野にいたのは、ン十年も前のことだろう。でも、私の気持に寄りそおうと思って、そう言ってくださったのだろうと思う。寝る前に、その日にあった 3GOOD THING を思い出すことを習慣にしている。きのうの夜の3つのうちの一つは、このできごとだった。  

神の神殿である私たち

きのう、修道院で集まりがあった。会憲を少しずつ読んで、それについて分かち合いをした。会憲には修道会の基本的な決まりごとが記されている。きのう取り上げたのは、誓願についての部分だった。20人ほどが集まって、それぞれに思いつくことを話したのだけれど、一人の方の話が今も心に残っている。 ーー大学を卒業して、これからどうしようかと考えているときに、「シスターになることを考えては」と言われたことがあって、それで修道院に入ったと思っていた。でも、さいきん、どうして自分はシスターになったのしら、と考えていて、小学生の時、初聖体を受けたおりの時を思い出した。シスターたちが列になって廊下を歩いていらっしゃるのを見て、「私もあの廊下を歩かせてください」と祈った。あれが修道生活への最初の決心だったと思う。ーー この方の分かち合いを聞いていて、神様が幼い子どもの心にずーーっと、80歳をすぎるまで、いらっしゃったのだと思うと、「あなた方は神の神殿です」というパウロの言葉(コリント第一3:16)が実感として迫ってきた。 介護施設にいる私たちのことだから、物忘れもしょっちゅう、というのがふつうである。でも、老いてからの物忘れはさいきんのことで、昔のこと、幼い時のことは覚えていると聞いている。この方もそうなのだろう。幼いころの宝物のような記憶が残っているとすれば、幸せだなと思う。

103歳ができること

ここ2,3日、暖かい日が続いている。そのせいか、唇がひび割れる。メンソレータムのリップステックが欲しい。ここでは月曜までに申し込むと、買い物の代行を頼むことができる。今朝、申込用紙に記入しに行った。私の記入用紙を決められた箱に入れると、すでに一枚、申込用紙が入っていた。 「定型封筒(白)洋形2号2包」とある。申し込みをしている人の名前を見て、びっくりした。こちらの修道院には30人ほどのシスターがいるが、そのなかで最高齢103歳のシスターのしっかりとした自筆だった。この方は車いすに乗ってだけれど、自分で操作して動くことができる。ミサや集会や祈りの集いなどにも参加なさる。封筒が必要ということは、手紙を書かれるということか。手紙までか。すごいなー。

ガーコ?

私の部屋は三階にある。すぐ前は屋上になっているので、晴れているときは散歩に出る。今朝、屋上に出たら、目の前の木のてっぺんにカラスが飛んできて、カーカーカーと鳴いた。まさか裾野から来たガーコではないだろうと思ったけれど、私もカーカーカーと返事をした。