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2月, 2026の投稿を表示しています

春が来た

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きのう散歩の帰り道で、スミレが舗装路の割れ目から芽を出しているのを見つけた。健気な姿に惹かれて、携帯で写真を撮った。 夜になって、「なんでも鑑定団」という番組を見ていたら、芭蕉の手紙をもっている人が登場した。手紙が本物かどうか鑑定の前に、芭蕉の紹介があった。いくつか芭蕉の句が紹介されていた。    山路来て なにやらゆかし すみれ草 この句もその中の一つだった。で、真似をして、私も句を作った。    散歩道 舗装路さいて すみれ草 コンクリ舗装のすき間から咲き出ているスミレに、元気づけられた。

ふるさとの画家

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  諏訪湖畔にある原田泰治美術館に行ったという知人に見せてもらった本から、この画家を知った。『泰治が歩く』という本は、彼のお父さんの手記の形式になっている。 泰治は武雄の次男として1940年に生まれる。幼いころ小児まひから右足が不自由になる。1941年には太平洋戦争が始まっている。家族の食べるものにも苦労をする貧しいお父さん。でも愛情いっぱいの家族。そのやり取りの中でも、私の心に残る場面がある。 お父さんは水田を作るため、水を求めて山肌を掘り始める。泰治はお父さんのそばで、お父さんに作ってもらっていた木琴をひいて、歌を歌う。トンネルのなかで響くその歌声は、「心の芯の奥まで浸みわた」ったと、お父さんが書いている。 さし絵で見るばかりだけれど、泰治の描く絵は何か温かい郷愁を感じさせる。

メガネがない

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朝食のとき、テーブルの目の前に座っている97歳のシスターが、「昨日からメガネが見つからない」という。耳がとても遠いけれど、認知症はない。「お祈りした?」とたずねた。私はモノをなくすとコルベ神父に祈って頼むと、必ず見つかるからだ。  「誰に?」とたずねるので、コルベといっても「なぜ?」とややっこしくなるから、「聖マグダレナ・ソフィアとか」と返事した。聖心会の創立者だから、聖心会のシスターを助けてくださるだろうと思ったので。シスターは食卓の前で、手を合わせていた。 朝食後、新聞が置いてある部屋に行った。そのシスターはすでにその部屋にいて、新聞を読んでいた。いつものメガネではなく、ツルがひん曲がっているのをかけている。シスターはいつもの席に座っている。私は一つ席を空け、その横に座った。 ふと見ると、その空席の上にメガネがある。クッションの色が濃くて、メガネが見えにくくなっている。たぶん、きのう、眼鏡をはずして椅子の上に置き、そのまま席を立ったのだろう。 「ここにあるよ」と、二人で大喜びした。

画家の目

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よく見るテレビ番組に「なんでも鑑定団」がある。絵画や陶器、ときにはバイクなどの鑑定を希望する人がその品物をもって登場し、専門家が鑑定をする。品物が本物だったり偽物だったり、予想・希望価格が当たっていたり、外れていたりで、楽しませてくれる。 先日の番組では、高島野十郎の絵をもってきた人がいた。番組では、まず作者の紹介をする。 ―――花一つを、砂一粒を    人間と同物に見る事          神 と見る事――― これが野十郎の心情であったと紹介されていた。 花一つ、砂一粒、人間を神と見る、というのは、信仰者の目である。万物は神によって造られ、その寫し姿である。私は信仰者だけれど、「目があっても見えず、耳があっても聞こえず」の種類で、そのような見方がいつもできているわけではない。画家の目は真髄をとらえている。 野十郎を象徴するモチーフは蝋燭だそうである。蝋燭の絵はすべて同じサイズで描かれている(22.7cm x 15.8cm )。 現在56点の存在が知られているとか。画寸以外はそれぞれが異なり、いずれも個人蔵。野十郎が大切な人へ感謝の気持を込めて一枚一枚手渡したらしい。 番組に出された作品は贋作で、鑑定額は¥5.000 だった。

思い違い

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食後のデザートにときどき小さなどら焼きが出てくる。直径5センチくらい。関西ではどら焼きのことをミカサ(まんじゅう)と呼ぶ。どら焼きの名は私にはドラ猫を連想させる。ミカサなら形も三笠山に似ているし、品もよい名前だ。 ずっとそんな風に思っていたが、ドラ焼のどらは銅鑼に由来するらしいことに最近になって気が付いた。銅鑼を二つ合わせた形なのだろう。どら焼きさま、失礼しました、だ。 私の属している修道院は、全体が介護施設になっている。食事はエブリフードという給食サービスに頼っている。