名前を憶える
名前を憶える
聖心女子大学初代学長マザー・ブリットの思い出
1954年春、私が聖心女子大学に入学したときの同期生は、およそ120名であった。入学式に続くオリエンテーション・ウイーク中、名札を胸につけるように言われた。その一週間は、新入生ばかりでなく、在学生全員が名札を付け、全員の名前を憶えるようにとのことだった。
その週の最後の日、全学生が図書館の閲覧室に集まった。今は、閉架式書庫になっている場所である。そこで名前をどれだけ憶えたかを競うゲームがあった。全員起立し、自分の周囲を見回して、名前を知らない人が一人でもあれば、座る。次に、立っている人たちが周囲を見て、知らない人がいれば、座る。それを何回か繰り返し、最後に立っている10名ほどのなかに、新入生はいなかった。当時、全学生数は500人位だった。上級生は新入生120人ほどの名前を憶えればいいのだが、新入生には当然無理だった。
次の週から、講義が始まった。一年次生の必須科目に「倫理」があった。週一コマの講義で、学長マザー・ブリットが Where Is Truthという本を用いて教えられた。マザーが戦時中、アメリカに帰国を命じられ、その間に書き上げられたと聞いている。クラス中に、マザーが私たちを名前で呼ばれるのに驚かされた。学生たちに互いの名を記憶するよう求めたマザーは、自身も全学生の名前を憶えておられたのである。「マスーダさん」と呼ばれ、大勢のなかの無名の一人でないことを実感させられた。
十二歳のとき受洗した私は、そのころ、カトリックの教えに疑問を抱くようになっていた。一年が終わるころには信仰を理論的に理解できるようになったのは、「倫理」のクラスのおかげであった。
名前を憶えるだけともいえるが、そこに注がれる心のエネルギーがある。身近な一人ひとりを心にかける第一歩として、マザー・ブリットはそれを実行し、また私たちに求められたのだろう。聖心女子大学校章には小さな文字でUBI CARITAS IBI DEUS と刻まれている。「愛あるところに神います」というこのモットーの、日常的な実践であったような気がする。