「行け♪行け♪」
ミサや集会祭儀の終わりになると、「行け♪行け♪地の果てまで」と歌いだす人がいる。みんなも合わせて歌いだす。私は地の果てまで行きたくない日もある。なぜ他の聖歌ではなく、いつも「行け♪行け♪」なのだろう。ふと気がついたのは、この人は自由に外出できない。施設内でも、自分の部屋がわからなくなったりすることがあるので、一人で外出してはいけないことになっている。お姉さんが同じ敷地内に住んでいるので、1日おきくらいにいっしょに外出できる。でも、自由に歩き回りたいことだろう。この人の気持を想像すると、「まあ、歌ってもいいか」と思える。
私たちの入浴は、だいたい週2回と決まっている。介護士さんの介助がある。猛暑の夏、介護士さんたちは汗だくで、介助してくださった。1人、この通例に入らない人がいる。毎朝、起きるとすぐにシャワーを浴びる。通常、浴室には鍵がかかっているが、夜勤のスタッフのための浴室があるので、そこを使うらしい。尋ねたことはないが、公認されているようすである。この人から食卓の会話で聞いたのだが、3歳のころ、空襲警報になって爆弾が落ち始め、近くのどぶの中に入れられたそうである。「『お家に帰ったら、お風呂に入ろうね』と言ったらしいけど、馬鹿よね。家は空襲で焼けてしまってるかもしれないのに」と話していた。この話になると、二度三度と繰り返し話す。別の日にもまた同じように。毎朝のシャワーの背後に、こんな記憶があるのかもしれない。
ちょっと変、と思う行動に、それなりのわけがあるとわかると、私は受け止めやすくなる。介護士さんたちは「わけ」があるのを前提に、人をありのまま受け止めていらっしゃるのだろう。