マーテルの祝日を迎える


10月20日は「感ずべき御母」、別名マーテル・アドミラビリスの祝日である。原画はローマにあるが、日本では複製が聖心女子学院の各姉妹校にある。神殿で祈り、勉学、手仕事に励む女性として聖母マリアが描かれている。ピンクの衣服が若々しさを表している。

私たちの修道院ではマーテルの祝日を迎える準備として、9日間の祈り=ノビナをしようということになった。具体的には、ロザリオの祈り一連(主の祈り+アヴェ・マリア10回+栄唱)を、12日から20日まで毎日、みんなで一緒に唱えよう、と話し合った。

そんな話をしていると、「私のポケットに入っていたロザリオが盗まれた」という人があった。「ロザリオなくても、指で数えられるでしょ」という人もいたが、「一つあるから、あとでもってくるね」という人がいて、一件落着。

「盗まれる」というのは、「知らない間に取り去られる」ということだろう。想い出・記憶・知識・能力などが、次々と自分から知らない間に取り去られていく。捨てたとか、手放したのではない。ロザリオが盗まれたと思った人は、日々、絶え間なく盗まれる体験をしているのだろう。

ピンクのマーテルを描いたポーリーヌ・ペルドローは、のちに老年のマーテルも描いている。ピンクのマリアは、糸を紡ぐ用意ができている。老年のマリアは、織り上げた布の糸を切ろうとしている。布はマリアの人生を現すのだろう。

マリアの時代、認知症などという病気は知られなかっただろう。でも、息子が犯罪者として十字架上で処刑される苦しみを体験した。その後、何年生きたのか知られていないが、老齢まで生きたとすれば、それなりの苦しみもあっただろう。

今年の20日のお祝い日には、ピンクのマーテルだけでなく、年老いたマーテルも想い描きながら迎えたい。

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