三浦綾子著『母』を読んで
つい最近、かつての教え子さんから「ぜひ読んでください」と『母』(三浦綾子著)をいただいた。ずっと以前、同じ著者の『氷点』が朝日新聞の連載されていた。裏切りと復讐から展開する内容で、著者についていい印象をもたなかった。『母』をもらった時も、「なんだかなぁ」という感じだった。
せっかく頂いたし、と思い、読み始めたら、一気に引き付けられて、読みとおした。内容は、小林多喜二の老いた母が方言で語る想い出の形をとっている。彼女は貧しい生まれで、小学校にも行けず、読み書きができない。結婚し、貧しいが愛情深い家庭を作る。もうけた三男三女のうちの次男が多喜二である。
多喜二は「蟹工船」などで知られる、プロレタリア文学の作家である。29歳で特高警察に逮捕され、拷問・虐殺されている。老女のたどたどしい語りを通して、思想統制と人権抑圧に対する著者の激しい憤りが伝わってくる。
読み終えてから、ふと、気になり、多喜二の誕生年を確かめた。1903年(明治36年)である。私の父の誕生は1904年(明治37年)だった。父は大学時代、ロシア文学を専攻した。物書きになることを望んでいたらしく、しばしば原稿用紙に向かっていた。でも、それは私が記憶があるようになってからだから、戦後のことになる。「警察に行ったことがある」、「指を叩き潰された人がある」と話していたのを覚えている。ロシア文学を学んだ経歴故にその思想が疑われ、特高に呼び出され脅されたのではないか。多喜二と同時代の父も、思いのままに書くことが許されなかったのではなかったか。今になって気付く。
二度と、あのような時代が来ないことを祈る。