ひとつのことば

 「ひとつのことば」という北原白秋作の詩を知った。
   ひとつのことばで けんかして
   ひとつのことばで なかなおり
   ひとつのことばで 頭が下がり
   ひとつのことばで 心が痛む
   ひとつのことばで 楽しく笑い
   ひとつのことばで 泣かされる
   ひとつのことばは それぞれに
   ひとつのこころを 持っている
   きれいなことばは きれいな心
   やさしいことばは やさしい心
   ひとつのことばを 大切に
   ひとつのことばを 美しく

一つの言葉をいつも大切にして、美しい言葉を言いたいと思う。でも私の現実は、きつい言葉は簡単に、瞬間的に口から飛び出す。そのくせ、「嬉しかった」とか「好きよ」とか、やさしい言葉の方が、言いづらい。照れくさくて、あまり言ったこともない。

もう亡くなった下の弟が、生前、晩酌でいい気分になった頃に電話をかけてくることがあった。あれこれ、なんとないことを話した後、「お姉ちゃん、愛してるよ」と言うことが、何度かあった。私もつられて「私も愛してるよ」と言った。そのあとは、「おやすみ」「おやすみ」で電話を切った。

「私も愛してるよ」は、弟の酔いに乗った感じだったが、事実だった。弟が生まれたときに、母は産後の肥立ちが悪く、1週間ほど後に亡くなった。私が9歳の時だった。それから同居していた祖母と一緒に、弟に哺乳瓶でミルクを飲ませたりしたから、母親気分もあったと思う。それにしても、弟のほろ酔い気分につられてでなければ、絶対、口にしなかっただろう。

弟が残してくれた言葉を思い出すと、嬉しくなる。


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