身辺整理をしていて、2000年前後の日記をつけていたノートを見つけた。2002年1月1日で中断している。ノートの残り半分ほどは白紙で、最後のページに10首ほどの俳句が書いてある。そのころ「俳句を作りましょう」と声をかける人がいて、それに乗って作ったことを思い出した。俳句とも呼べない、五七五に言葉を並べただけのものである。 来た来た来た 春が来たよと こじゅけい告ぐ 霜おりて スチレンかじる 猿あわれ 猿一族 ゆずきちかじる 日曜日 ゆずきちに 猿むれをなす 休みの日 鼻かすめる つばくろ冬は いずこにて 復活祭 今年は遅きを 花や知る うぐいすに 方言ありや ホーケキョケキョ 霜ゆるむ グランド駆けし 鹿のあと 老いて知る なつきし烏の 声音の差 ふりかえれば 窓辺の烏 吾を見つむ 季語でなく 歌に詠まれぬ 烏あわれ 「なつきし烏」でびっくりした。そうだった。20年余り前に、なついたカラスがいたのだった。以前住んでいた修道院の建物近くに、用務員さんの作業場があって、近くの木の巣から落っこちたカラスの雛を、飛べるようになるまで育てていた。それを近くで見ていて、私もカラスに餌をやるようになっていた。昼食の残りのスパゲッティを物置小屋の屋根の上においてやると、カラスがくちばしの両端からスパゲッティをぶらさげて飛んでいく。庭の手入れに入っている植木屋さんが、「この家の人はカラスに餌をやってるよ」と話しているのが聞こえたりした。 2001年8月1日に、私は修道院の最初の建物から別の小さい建物に引っ越した。同じ敷地内だけれど、歩くと15分ほど離れたところである。上記の句を書いたのは、2001年春以前になる。引っ越して以来、なついたカラスがいたことなど、すっかり忘れていた。 昨年5月9日に「カラスの狙い?」というタイトルでブログを書いている。夜明け前のまだ薄暗がりのころ、ガタンガタンの音で目を覚してカーテンを開けると、窓際からカラスが飛び立った。それ以来、あれこれ思い出して、20年前のカラスだろうと考えるようになった。その前の20年のあいだ、カラスは頭になかった。 カラスがずっと私を覚えていたいたこと、私の部屋が新しい住み家のどこにあるか見つけたこと、私が気付くように窓辺に来たことなど、その知能に驚かされる。今のところ、なついているカラスは3羽いるようすである。親子かも。都会