幼い頃の思い出
介護施設の住人である私たちは、想い出をいっぱいもっている。4,5人ずつで座っている食卓の会話は、しばしば子どものころの話になる。 先日は、物売りの呼び声が話題になった。 「お豆腐屋さんや納豆売りが来たわね」 「そうそう、納豆売りは『ナットナット――、ナット―』とか言って」 「お豆腐売りは『トーフィ――』ってね」 これは関東育ちの人たちの会話である。京都では納豆売りは来なかった。納豆を食べる人が少なかったからだろう。豆腐売りは来たけれど、「プー」という小さなラッパのようなものを鳴らしながら来た。門柱の上に代金を入れたお鍋を乗せておくと、そこにお豆腐を入れてくれた。それにしても『トーフィ――』はないだろうと思ったが、黙って聞いていた。 こちらの施設の集会室には、寄贈されたり、いなくなった人が置いて行ったりした本が、どっさり本棚に並んでいる。もちろん、購入したものもあるだろう。美術全集や辞典・事典などのほかに、サザエさん全集もある。このあいだサザエさんの一冊を貸し出して読んでいたら、お豆腐屋さんのエピソードがあった。お豆腐屋さんが「とうふーい」と叫んでいる。 つい今しがた自分が言ったことを忘れても、幼い頃の思い出は鮮明に残っている。