アッシジの聖フランシスコ
アッシジの聖フランシスコの死後800年になる今年は、現教皇レオ14世によって「聖フランシスコ年」と公布されていた。それを知ったのはつい4、5日前のことである。購読している『福音宣教』という月刊雑誌の10月号が、聖フランシスコ年の特集を組んでいた。
その記事から、フランシスコの「全被造物の賛歌」についてあらためて理解したことがある。
以下に記事による「賛歌」をコピーする。
1.この上なく高き、全能の、善き主よ、
賛美、栄光、名誉とすべての祝福が、あなたにありますように。
2.あなたのみに、この上なき方よ、これらはふさわしい。
誰一人、あなたのみ名を呼ぶにふさわしいものはありません。
3.讃えられよ、わが主よ、あなたのすべての被造物とともに、
とりわけ兄弟なる太陽殿とともに
彼は昼をつくり、彼によってあなたはわれらを照らします。
4.彼はなんと麗しく、なんと大いなる輝きを放っていることでしょう。
この上なき方よ、彼こそがあなたを象徴するのです。
5.讃えられよ、わが主よ、姉妹なる月と星々のゆえに。
あなたは彼女らを天に明るく、気高く、美しく創られました。
6.讃えられよ、わが主よ、兄弟なる風のゆえに。
大気と雲と晴れた空と、あらゆる天候のゆえに。
彼らによって、あなた被造物を養ってくださいます。
7.讃えられよ、わが主よ、姉妹なる水のゆえに。
彼女は、とても助けになり、控えめで、気高く、清純です。
8.讃えられよ、わが主よ、兄弟なる火のゆえに。
彼によって、あなたは夜を明るく照らされます。
彼は、若々しく、愉快で、たくましく、屈強です。
9.讃えられよ、わが主よ、姉妹なる、われらの母たる大地のゆえに。
彼女はわれらを支え、養い、育て、
様々な果実を色とりどりの草花とともに生み出します。
10.讃えられよ、わが主よ、あなたへの愛のために赦し
弱さと苦しみを耐え忍ぶ人々のゆえに。
11.幸いなるかな、それを安らかに耐えぬく人々。
彼らはあなたから冠を授けられるからです。
12.讃えられよ、わが主よ、われらの姉妹なるこの身の死のゆえに。
生きている人は誰も、彼女から逃れることはできません。
13.禍なるかな、滅びに至る罪のうちに死のうとする人々。
幸いなるかな、あなたのこの上なき聖心のうちにある人々。
第二の死も彼らをそこなうことはないからです。
14.讃えよ、祝せよ、わが主を、
感謝を捧げ、仕えよ 大いにへりくだって。
「わが主よ○○のゆえに」の「ゆえに(原文ではper)」は、多くの邦訳は「~によって」とするが、記事の筆者は、そのように訳すと、神をたたえるように勧められているのは、それらの被造物自身になる。しかし、「○○のゆえに」と訳すと、神をたたえるように呼びかけられているのは、この歌を聞く人、つまり私たちということになる。それがフランシスコが込めたメッセージであろう、と記している。
記事の筆者の訳の方が、私にはなっとくがいく。あらためて賛歌を読み直すと、太陽にしても月や星々・風・水・火など、いずれも私は当たり前と思っている。当たり前というか、その存在すら意識していない。でも、その一つが欠けても、私たちは存在することができないだろう。
昨年の8日間の黙想のおりに、指導神父に「神さまの愛を感じません」とか言った私。今回、フランシスコの賛歌の新訳をあらためて読み、「神さま、失礼しました」と言いたい気持になっている。